TIG溶接の人手不足は、その大部分をAIで補える「品質記録・作業標準書・採用育成文書の作成」と、熟練溶接士にしか残せない「アーク安定性の手加減と溶け込みの感覚的制御」に分解できます。
TIG溶接の現場と、求人票が物語る人手不足
TIG(タングステン・イナートガス)溶接は、不活性ガスでアーク周辺を保護しながら溶接する方法で、ステンレスやアルミ、チタンなど難易度の高い材料に使われる。仕上がりが美しく精密さが求められるため、航空・医療・食品・建築など品質基準が厳しい業界で重宝される技術だ。
求人サイトで「TIG溶接」と検索すると、「TIG溶接経験者優遇」「ステンレスTIG歓迎」という条件が目立つ。給与帯は幅が広く、「経験・技量を考慮」という表現が多い。つまり腕があれば高く評価されるが、その「腕のある人」がなかなか見つからないのが現実だ。「未経験可・溶接学校卒業程度の知識があれば」という記載も増えており、技術スクールや職業訓練経由の採用を前提にしている企業が増えている。
また「溶接以外の業務(現場清掃・資材管理等)も担当いただく場合あり」という一文がよく現れる。溶接士が雑務も兼務している、人手不足の縮図がここにある。
求人から読み取れる3つの困りごと
① 溶接条件(電流・速度・角度)のノウハウが口伝えのまま
TIG溶接は「電流何アンペア、トーチ角度何度、進行速度はこのくらい」という条件設定が仕上がりを左右する。ベテランはこれを感覚で知っているが、マニュアル化されていないため新人に教えるのが難しく、育成に時間がかかる。
② 品質管理文書・溶接記録の作成が現場担当者の手作業
ISO取得企業や官公庁関係の仕事では、溶接記録や検査成績書の作成が義務付けられる。この文書作業が溶接士の残業の原因になっているケースが多く、「事務作業も苦にならない方」という求人文言の背景にある。
③ 新人育成計画が曖昧で、成長スピードが人によってバラバラ
「先輩の背中を見て覚えろ」スタイルが多く、育成ロードマップが存在しない現場が大半だ。結果として「せっかく入社しても1年以内に辞めた」という離職が繰り返される。
その困りごと、AIならこうなる
困りごと①:溶接条件ノウハウの標準書化
Before: ベテランの頭にある溶接条件設定が書き出されておらず、新人が「何アンペアにすればいいか」を毎回聞かなければならない。
After: AIがベテランの口述を整理して、材料・板厚別の溶接条件標準書のドラフトを作る。
【プロンプト例①:溶接条件標準書の作成】
以下の情報をもとに、「TIG溶接 材料・板厚別 溶接条件標準書」を作成してください。
表形式(材料種類・板厚・電流範囲・シールドガス流量・タングステン径・注意事項)で整理してください。
新人溶接士が見ながら作業できるレベルの記載にしてください。
【ベテランが語った条件情報】
・SUS304 1.5mm突き合わせ:電流60〜80A、Ar流量8L/min、タングステン径1.6mm
・SUS304 3.0mm突き合わせ:電流90〜120A、パス数2回、Ar流量10L/min
・A5052(アルミ)2.0mm:交流(AC)モード、電流90〜110A、クリーニング幅を確認しながら
・チタン1.0mm:Ar流量12L/min以上、バックシールドも必要、酸化に注意
困りごと②:溶接記録・品質文書のドラフト自動生成
Before: 溶接完了後に作業記録・検査成績書を手書きまたはExcelで入力。一件あたり30分以上かかることも。
After: 作業実績をAIに入力し、提出用文書のドラフトを数分で生成する。
【プロンプト例②:溶接作業記録書のドラフト作成】
以下の溶接作業情報をもとに、品質管理用の溶接作業記録書を作成してください。
社内提出・顧客提出に使えるフォーマット(表形式)で。
項目は「作業日・担当者・材料・板厚・溶接方法・電流・パス数・外観検査結果・備考」を含めてください。
【作業情報】
・作業日:2026年6月11日
・担当者:田中(溶接歴8年)
・材料:SUS304
・板厚:2.0mm
・溶接方法:TIG溶接(突き合わせ)
・使用電流:85A
・パス数:1パス
・外観検査:ビード均一、アンダーカットなし、ブローホールなし
・備考:治具固定あり、裏波確認済み
困りごと③:新人育成ロードマップの作成
Before: 「見て覚えろ」で教えているため、新人の成長がベテランの指導者任せになり、離職率が高い。
After: AIが溶接技術の習得ステップを体系化し、3〜6ヶ月の育成ロードマップを作る。
【プロンプト例③:TIG溶接 新人育成ロードマップの作成】
TIG溶接の未経験者を採用した場合の、入社後6ヶ月の育成ロードマップを作成してください。
週単位の目標と習得項目、評価基準を含めてください。
現場の先輩が指導記録として使えるフォーマットにしてください。
【前提条件】
・会社の主力製品:ステンレス製食品機械部品
・使用材料:SUS304が中心
・求める到達レベル:6ヶ月後に1.5mm〜3.0mmのSUS304を単独で溶接できること
・評価方法:外観検査基準と寸法測定で合否を判定
導入ステップと費用感
ステップ1(月1,000〜3,000円): AIチャットツールを導入し、まず溶接記録書のドラフト作成から始める。記録作業にかかる時間を半分以下にすることが最初の目標だ。
ステップ2(月5,000〜1万円): ナレッジ管理ツール(Notion等)とAIを組み合わせ、溶接条件標準書と育成ロードマップを整備する。新人が入社初日から参照できる環境を作る。
ステップ3(要見積もり): 溶接管理専用ソフトやIoTセンサーと連携し、溶接条件のリアルタイム記録と品質管理の自動化を進める。
デジタル化・AI導入補助金(最大450万円・補助率1/2〜2/3、最新の公募要領で要確認) の活用も視野に入れながら、まずは文書作業のAI化から着手したい。
よくある質問
Q. 溶接の品質はAIには判断できないのでは?
溶接品質そのものの判断はまだ人間の目と経験が必要です。ただし、品質記録を書く・育成計画を作る・顧客向け資料を作るといった「情報処理業務」はAIが得意とするところです。溶接士が「溶接以外の仕事」から解放されることが目的です。
Q. 当社はISO取得済みで、文書フォーマットが決まっています。AIは使えますか?
使えます。「以下のフォーマットに合わせて記載してください」と指示すれば、既存の帳票形式に沿ったドラフトを生成できます。最終確認は担当者が行う前提で、入力作業の時間短縮に役立ちます。
Q. 育成ロードマップをAIで作ると、現場と乖離したものになりませんか?
AIが作ったドラフトをそのまま使うのではなく、ベテランが「ここは違う」「この順番は逆」とレビューして修正する前提で使うのがコツです。ゼロから書くより修正するほうが格段に速い、というのがAI活用の本質です。
山崎恭平/AI内製化総合研究所 所長
株式会社インバウンドホールディングス専務取締役。営業と交渉の世界で成果を上げてきた一方、パソコン作業は横で支えてくれる事務方に頼りきりだった。AIの登場で、一番苦手だったパソコン作業が「自分でできる」に変わり、気づけば中小企業から上場企業まで10社以上のAI顧問を務めるように。スプレッドシートの関数すら分からなかった私でもできた——だから、誰でもできる。AIの学校や顧問にお金を払い続けるのは、本質的にもったいない。初期は人を頼ってもいい。でも最後は自分たちで内製してほしい。そんな思いで、このメディアを作った。

