漁港の仲卸業の求人票に「体力仕事・早朝4時から・魚の知識あれば優遇」と書かれているのは、この仕事が「人脈と体力とリアルタイム判断力」で成立していた業態だからだ——そのうち「文書化・集計・提案」の部分はAIが肩代わりできる。
漁港の仲卸という仕事は、日本の食卓を支える重要な流通の要にいながら、外からはほとんど見えない存在だ。セリで魚を仕入れ、飲食店や小売業者に売る。シンプルに聞こえるが、毎日の相場変動を読みながら価格交渉し、取引先の好みと在庫をすべて頭に入れ、鮮度管理を徹底する——この「頭の中の仕事量」が膨大だ。
漁港の仲卸の現場と、求人票が物語る人手不足
求人サイトで「水産仲卸 スタッフ」「漁港 仲卸業」と検索すると、募集文言には「早朝のセリ立ち会い」「魚の目利き・仕入れ」「取引先への配送・集金」「在庫管理・鮮度管理」「伝票・請求書の作成」「新規取引先の開拓」が並ぶ。
特徴的なのは「体力に自信がある方」「水産業界経験者大歓迎」「業界未経験でも魚が好きな方ならOK」という文言だ。経験者を求めながら、人がいないので未経験者も取らざるを得ない——という苦悩が透けて見える。
さらに深刻なのが後継者問題だ。仲卸業者の廃業・事業縮小が続いており、「長年の取引先から新しい仲卸を探してほしい」という声が上がるほど、業者数自体が減っている。残る業者に仕事が集中し、一人あたりの業務量が増大しているという構造がある。
求人から読み取れる3つの困りごと
困りごと1:取引先への商品提案と価格連絡の文書化
「今日はカツオが安くて品質もいい」「今週はサーモンが入り安定している」——こういった情報を毎朝何十件もの取引先に電話で伝えるのが仲卸の朝仕事だ。しかし電話一本ずつかけていると時間が足りなくなる。LINEやFAXに切り替えたくても、文章を書く時間と手間が課題になっている。
困りごと2:相場変動の記録と価格交渉の根拠整理
セリで仕入れた価格、前日比、旬の魚の相場感——これらを頭の中だけで管理しているベテランが多い。しかし担当者が病気や旅行で不在になると業務が回らなくなる。「属人化した相場知識」をどう引き継ぐかが課題だ。
困りごと3:新規取引先への営業提案資料の作成
飲食店やスーパーへの新規営業をしたくても、「口下手だから電話が苦手」「提案資料を作ったことがない」というベテランの仲卸業者は多い。業界の慣習として口頭取引が主流のため、文書による提案が苦手という背景もある。
その困りごと、AIならこうなる
Before→After 1:毎朝の仕入れ情報LINEメッセージの自動作成
Before: 毎朝せりが終わってから取引先40件に個別電話。1件2分としても80分かかり、午前の鮮度が命のゴールデンタイムを電話で消耗してしまう。
After: 仕入れた魚種・価格・コメントをAIに箇条書きで伝えると、取引先に送れる「今日のおすすめ仕入れ情報」メッセージが数秒で完成する。LINEやメールで一括送信に切り替えることができる。
【プロンプト例:仲卸業者の朝の仕入れ情報メッセージ作成】
水産仲卸業者として取引先飲食店・小売店向けに送る
「今朝の仕入れ情報メッセージ」を作成してください。
【今日のセリ結果(箇条書き)】
・マアジ:3ケース仕入れ。先週より1割安。活きがよく脂乗り良好。
・カツオ(生):2ケース。旬の走りで品質は普通。今週安い傾向。
・サーモン(ノルウェー産):5ケース。価格安定。在庫充足。
・ブリ:入荷少なく高値。今週は見送りを推奨。
・スルメイカ:今季初入荷。地元産。少量のみ。
【条件】
- LINE送信向け・スマホで読みやすい文体
- 200字以内
- 「今日のイチオシ」として1品を強調
- 末尾に「ご注文はお早めに」という一言と電話番号の記載スペース(〇〇の形式で)
- 水産仲卸のプロらしい、鮮魚への愛情が伝わるトーン
Before→After 2:相場メモ・価格変動記録の文書化
Before: 相場の動きをメモ帳に走り書きするか、頭の中で記憶するだけ。「先月のカツオはいくらだったか」「去年の同時期にサーモンの価格はどう動いたか」を振り返ることができない。
After: 日次の仕入れ価格をAIに入力し続けることで、週次・月次の価格動向サマリーが生成される。取引先への価格説明の根拠としても使える。
【プロンプト例:週次相場動向サマリーの作成】
水産仲卸業者として、以下の今週の仕入れ価格データをもとに
週次相場サマリーを作成してください。
【今週の主要魚種仕入れ価格(1kgあたり・目安)】
月 火 水 木 金
マアジ 380 370 365 375 370
カツオ 450 440 430 425 420
サーモン 680 685 680 680 675
ブリ 890 910 920 920 915
【先週の平均価格(参考)】
マアジ410・カツオ460・サーモン690・ブリ870
【作成してほしいもの】
1. 今週の価格動向サマリー(各魚種の傾向を1〜2行で)
2. 来週の注目ポイント(価格が動きそうな魚種の予測コメント)
3. 取引先飲食店に「今週はこれを使うべき」という提案文(100字)
水産業界のプロが見るような視点で分析してください。
Before→After 3:新規飲食店への営業提案書の作成
Before: 「良い魚を届けられる自信はあるが、提案書を作ったことがない」「電話や飛び込みでしか営業したことがない」というベテランが、新規開拓を躊躇している。
After: 自社の強みと相手先の業態をAIに伝えるだけで、A4一枚の営業提案書が完成する。初めての書面提案でも、プロらしい資料で訪問できる。
【プロンプト例:水産仲卸の新規取引先営業提案書の作成】
水産仲卸業者が飲食店への新規営業に使う提案書(A4・1枚)を作成してください。
【仲卸業者の情報】
- 業歴:30年以上
- 取り扱い:主に近海魚(地元漁港のセリ参加)・輸入水産物
- 強み:早朝セリからの最短配送(午前8時〜9時に配送可能)・地元漁師との直接仕入れ
- 最低注文:1日1〜2ケースから対応可能
- 支払い:月末締め翌月末払い
【営業先の情報】
- 業態:和食を中心とする飲食店(ランチ・夜ともに営業)
- 課題(想定):現在の仕入れ先の品揃えに不満・鮮度に課題を感じている可能性あり
【提案書の構成】
1. タイトル・挨拶文(2〜3行)
2. 当社のサービスの特徴(3点・箇条書き)
3. 他社との違い(「鮮度へのこだわり」を中心に)
4. お試し取引のご提案(初回は特典など)
5. 連絡先・担当者欄
硬すぎず、誠実で親しみやすいトーンで作成してください。
導入ステップと費用感
ステップ1(月数百円〜):朝の仕入れ情報メッセージのAI作成から始める
毎朝のルーティンに「仕入れ内容をAIに貼り付けてメッセージを生成→LINE送信」を加えるだけ。電話80分が文章確認10分に変わるだけで、午前の業務が劇的に変わる。
ステップ2(月数千円〜):相場記録のデジタル化と週次サマリー習慣化
日次価格をGoogleスプレッドシートに入力し、週末にAIでサマリーを作る習慣をつける。1年分のデータが蓄積されると、翌年の仕入れ判断の参考になる経営資産になる。
ステップ3(補助金活用):受発注システム・在庫管理のデジタル化
取引先との注文管理をアプリ化したり、在庫管理システムを導入する段階では、デジタル化・AI導入補助金(最大450万円・補助率1/2〜2/3、最新の公募要領で要確認)の活用が有効だ。水産業界はまだデジタル化が遅れているため、補助対象となりやすい。
よくある質問
Q:取引先が高齢でLINEやメールを使わない場合はどうすればいいですか?
A:AIが生成したメッセージをFAXに変換して送る運用も有効です。また「LINEを使ってみたい」という取引先を少しずつ増やし、電話比率を段階的に下げていくアプローチがおすすめです。全員を変える必要はなく、5割移行できるだけで体感が大きく変わります。
Q:魚の相場は毎日変わりますが、AIは相場予測もできますか?
A:AIは「今日のデータをもとにした傾向分析」はできますが、相場予測は過去データの延長線上でしかありません。台風や漁獲規制など外部要因は自分で加味する必要があります。AIは「参考意見を整理してくれる相談相手」として使い、最終判断は自分のセリ勘で行うのが現実的です。
Q:水産業界は縦社会で新しいことへの抵抗感が強いですが、どう説得すれば。
A:「AIを使う」と言わなくていいです。「スマホで文章を一瞬で作れるアプリがあって試している」という言い方から始めてください。道具の名前より「これで楽になる」という実感を先に見せることが大切です。私も宿泊事業でスタッフにAIを導入したときは同じアプローチを使いました。
山崎恭平/AI内製化総合研究所 所長
株式会社インバウンドホールディングス専務取締役。営業と交渉の世界で成果を上げてきた一方、パソコン作業は横で支えてくれる事務方に頼りきりだった。AIの登場で、一番苦手だったパソコン作業が「自分でできる」に変わり、気づけば中小企業から上場企業まで10社以上のAI顧問を務めるように。スプレッドシートの関数すら分からなかった私でもできた——だから、誰でもできる。AIの学校や顧問にお金を払い続けるのは、本質的にもったいない。初期は人を頼ってもいい。でも最後は自分たちで内製してほしい。そんな思いで、このメディアを作った。

